明智の首塚から二条まで電車乗って
新撰組関係のゆかりの寺へ来ました。
ここから新撰組会館とやらに向かったら、普通の古い家で
誰もいないみたいで入ることが出来なくて、ここまで来たのに
帰ることに・・残念
これでまた京都に戻ります
ばくまつ維新ミュージアムに行ってきました。
館内はちょうど特別展がやってた。
収蔵資料は5000点を超えるという。
ここにある龍馬のシリコンで、出来た等身大の姿が
血管や腕の毛もちゃんと再現されてて
あまりにもリアルすぎてまるで本人を前にしてるほど。
この画像の前で新撰組の格好で記念撮影できます。
館内は、修学旅行の小学生と一緒になり騒がしいこと。
マナーの悪さに館長さんも怒ってたっけ。
京都に戻り、レストラン街でご飯を食べながら
飲んでます。
ゆずサワーうまうま。
京風牛筋煮やおでん盛り合わせやおつけもの盛り合わせ。
更にシシャモ焼きとカマンベール揚げ。
まるで、オヤジ?
娘がまだ飲む気でいるよ本日3杯め!私一杯だけ
石段を下りながら仁王門をくぐり抜け帰りの道です。
仁王門を抜けると細い山道になるので
だいぶ楽に歩けます。
途中一緒になった、かなり高齢のおじさん、おばさんも
元気よく天主まで上がって降りてきましたよ。
今日は、早起きして早めに食事をとって
安土に出発します。
廻るところがいっぱいあるからね
すでに起きたら足が筋肉痛です。
なのに、今日の方がもっと大変なんだよね
安土城のジクザグ石段の道を上がっていくのです
西教寺で頂いたパンフと浮御堂の朱印書です
最近は拝観したお寺のところで頂くようにしてるの
明日は、いよいよ安土城です。
娘がパソコン持参じゃなかったから、自分が送ってる
写メールのアルバム見れないんだよね。
帰宅したらまた編集します。
メインの黒毛和牛のデミグラスソース
カクテルは、源氏物語にちなんだものがあって
スミレのリキュールを使ったものを飲みました。後は魚料理が一品
真鯛を炒めたマッシュルームをのせ焼き上げた料理に
春菊のソテーと蓮根のパリッと揚げたものが付け合わせ。
ちょっと2日は、気張ってホテルのコース料理です
これも美味しくて大満足です。
西教寺の境内を拝観してきました。
光秀夫妻の木像やらいろんな展示物や桃山時代の屏風も見てきました。
立派な本堂でした
これは途中でみた、ちょっと変わったもの
いろんなポーズがあったけどこれが一番笑えたかも
これからバスに乗って行きます。
いい天気だね
山や琵琶湖が見れて綺麗きもーち葉っぱがいろづいてる
さっき朝食のなめこって打ったつもりが
なめけ、とかになってた。
多分誤字が多いかも
なんせ打ちながら移動中
パンにお味噌汁ってあなた!好きなものとったらこうなりましたぁーみたいな朝ご飯です。
京都のおつけものが、とっても美味しくて。
なめけと山クラゲも美味しくて明日も食べること決まり!
明日は、ご飯にしよう
赤だしのお味噌汁って京都って赤だしの所が多いね。
この後ヨーグルトも食べてます。
お手製のような大きなブルーベリーが美味しいです。
あぁー満足!これで3日間美味しい食事が出来て感謝です。
アースカラーを基調にした落ちついた部屋です
そんなに広くはないけど朝食つきです。
レストランがいろいろあって最上階は名前が
スカイラウンジ空KUUですと!
お値段もお高めですが・・・。
京都に来たからには京料理が食べたいです
明日は、浮御堂に行くそうです。
京都タワーホテルに泊まるから
タワーが無料で上がれるんだよ
せっかくだからあがりたいよね?っていったら
娘にそんなにあがりたいんかぁー!て言われた
だって景色見渡せていいじゃない
もしかしたらいい夕日もとれるかもよ。
新幹線に揺られてお弁当食べてます
押さえてないと滑り落ちそうな危険あり!
それにしても、和風角煮のコトコト煮物
とっても美味しい
駅弁と呼ばれるものよりいいかも。
大満足のお味でした。
これから2時間ちょい
隣のおっさんが席をどこか移動したから
隣があいて良かった・・本でも読みまする
初めてこの待ち合わせ場所に来たけど
駅について迷わずこれました。
あとは、娘の到着を待つだけ。
それにしてもデカい鈴だよ!
まわりは甘いケーキやさんがいっぱいで美味しそう
新幹線の発車までまだまだ時間があるから
何か食べたい
お腹すきましたぁ
近所にあるアイスクリーム工房にやってきました
この牛さんが出すミルクの手作りアイスがとっても美味しい!!
思わず、牛観察しちゃいました。
牛も模様がいろいろなのねぇ~なんてね
ずっと見てたら、牛さんたちも、みなこっち見てる!みたいな
こちらは、オレンジと黄色があざやかな、マリーゴールド畑
こちらは、空からみると、何かの模様になってるらしい
百日草も大輪の花を咲かせててさすが、牧場の牛さんの肥料
今がちょうど見ごろかもしれません
秋だといえども、いい天気ですでにのどがからからの
ジーくん、美味しいミルクのアイス、おいらにもちょうだい!
ちょっとだけなら、アイスあげるね ・・今日は特別だよ
ここのは、手作りだから、余計な添加物はない
上等の牛さんのミルクだよ
ジーくんとっても満足!
これが牛さんのミルクで作った、マンゴミルクのジェラード
これがね、すごぉ~い美味しいのですよ
甘すぎず、とろける味だよね
すごく、濃厚なミルクの味なの
ほかにもいろいろ種類があってすべて手作りです
茜色に染まる空を見ながら、海まできました
そのころにはすっかり真っ暗になってしまったけど
江ノ島の灯台のふもとの明かりの夜景がきれいでした
駅のホームに立っていると、波の音が聞こえてきます
何年ぶりだろう・・海になんてきたの
鎌倉のあちこちには、素敵な雑貨ショップがたくさんあります
ここは、ヴェネチアのアクセサリーや、香水入れのびんとか
あって、小さなお店だけど、蝶の形をしたヴェネチアガラスがあって
素敵だった、あちこちのお店がとっても素敵なおしゃれな外観だったり
素朴な外観のお店だったりで楽しめます
ちょっと長谷の駅で降りて、大仏様をみたあとは
最近できた手作りジェラードのお店に寄ってみた
毎日変わる、ジェラードの種類で、私が食べたのは
ピンクグレープフルーツのジェラードです
とってもさっぱりした、グレープフルーツが香り豊かで
美味しかった~!
鎌倉には、紫さつまいものソフトクリームや、ソフトクリームやさんが
あちこちにあるのですよ
紫さつまいものソフトクリームと一緒に、さつまいもコロッケもあって
美味しそうだった・・・今度食べてみたいな
700年前の造立てという大仏様は阿弥陀佛です
僧浄光が民間に資金を勧進して造立された
最初は木造で1238年に着工して1243年に完成したが
1247年に大風で破壊された
なので、今度は青銅で大仏を作ったのです
拝観料20円を払うと、大仏様の体内に入れます
おなかがすいたので、ご飯を食べるところを探していたら
今日は、どこも予約で貸切だったり、当てにしてた場所が
だめになり、北鎌倉から鎌倉まで歩いて、遊楽にきました
お店はすでに並んでまして、待って入りました
旅の最後となりました。
ここは信長公が寄贈された鐘があります
鐘つく部分に織田家の家紋がついてます
これで今回の戦国の史跡めぐりは終わり
岐阜駅に戻り荷物を受取り再び名古屋に向かい
新幹線で帰宅します。
あとは帰宅後デジカメの方の写真と
補足します
信長が1564年に稲葉山城に入城し、その本陣の跡をこの寺に寄進し
門前に楽市楽座を開きました
この看板に楽市楽座発祥の寺と書いてあります
関ケ原の前戦で岐阜城が落城した時に、城主・織田秀信がこの寺を訪れ
剃髪、出家をした地としても知られています。
が建てられています
格子塀に囲まれて宝形胴葺屋根木造彩色の小堂に
父子の位牌が安置されている
廟所と、並んでお寺の奥の裏側に立っています
本堂には、ここにも京都のように、血天井が張られているのですが
お寺の中の寺宝の方がとても興味深く、うっかり上を見るの忘れてしまった
他にも稲場一鉄寄贈の梵鐘もありました
信長のゆかりの地の祟福寺に着きました
ここは信長と信忠の廟が残されています
お寺が改修中だけど拝見できました
側室の小倉氏が密かに信長公の首級をこの寺に葬ったと言われます
お寺の中に信長愛用の櫓時計がありました
これが当時信長公が実際愛用したものだとは
なん百年の時を経て今ここに存在することが
素晴らしいです
それを見れただけでも来たかいがあります
お寺の御朱印書を頂きました
書状もいろいろ展示されており
側室の方の愛用の鏡も保存されてます
かなりふるびた屋根の部分がだいぶ損傷している輿もありました。
ツツジの花がきれいに咲いているひっそりとした
静かなお寺でした。
タクシーで道三塚まで行きました
住宅街のよそさまの家のすぐ隣に
石垣に囲まれて道三のお墓が立っています
その塚にとても大きな太い木が立っているのだけど
今は枝が切られて新芽が吹き出したばかりなので
これが葉が茂ったら緑豊かな塚になるでしょうね
写真にはないのだけど、まぐろとホタテのお刺身と
ご飯とお吸い物とお漬物のセットがあり
それがすべて出されると最後にデザート
抹茶のアイスが出てきます
これすべてのランチコースで2100円です
桜まんじゅうといわれて出されてものは
さといもをつぶしたようなそんな味に、かにとたまごのあんを
とろっとしたおもち仕立てでくるんでいます
そのうえからおいしいだしのきいたあんがかけられて
桜の葉と花びらで包まれてます
とても上品なつくりになってます
土岐家守護代斎藤妙椿が、妙覚寺から世尊院日範を招き、寺を建立しました
道三・義龍親子の菩提寺になっており、2人の画像や
文殊菩薩が安置されてるよいですが、ちょうどお昼に寄ったので
誰も、いなくてお寺のどこに声をかけていいのかよくわからず
岐阜城で肖像のレプリカは見てきたので中には、入りませんでした
下に八重桜の花びらが、びっしり落ちていてきれいです。
道三が父と二代にわたり美濃の国盗りを拠点とした寺今の時期八重桜が寺内に散りばめ
とても綺麗な風情がある感じになってます
ここらで山すいと料亭でお昼ご飯
料理はとても美味しくて大満足です
写真はデジカメで撮ったので後で編集します
次は道三塚までバスがないのでタクシーで行きます
ここを抜けていくと信長の居住跡になりこの上を上っていくと
岐阜城への馬の背登山道とか言われるとてもハードな道にいくのかな
馬の背登山道は、1100メートルといわれるかなり厳しいものみたい
金華山のふもとに広がる公園で、岐阜城主だった斎藤道三や
織田信長の居館があったとされる場所。
今の時期は、新緑の季節で緑や藤の花がきれいでとても
ゆったりとしたいい場所です
池があったり、小さな滝が流れていたりだいぶ整備された公園です
信長ゆかりの地として、戦国時代には珍しい巨石を使用した通路や石垣や
織田信長居館跡、信長の庭、若き日の信長像などを見ることができます。
他にも博物館や美術館、茶席などが点在していて
岐阜の文化、歴史、自然とを楽しめる場所になってます。
下山はおとなしくロープウェーでおります
あがってきた人に聞いたらかなり七曲も11曲がりも岩のような
ゴツゴツした山道で、靴によっては滑るそうで
かなり急のようです
山というより岩がところどころ凄く
あらゆるところに危険マークがあります
岐阜城の資料館です
ここは、昔の武器庫、食料庫を隅櫓城郭つくりに昭和の54年に
復元されたものです
内部には岐阜城関係の資料等を陳列されているけど
そのほとんどが江戸時代のものが多かった
信長関連の小説・文献書物が入り口付近にたくさんあったの
普段見たこともない本もたくさんで非常にそちらも気になった
岐阜城の中の歴史博物館の中には
秀吉の二間槍もありました鹿の毛や熊の毛を使った鞘を保護するため戦陣の際に使われた尻鞘などもあり毛やりや千成毛槍などは、初めてみましたよ
天守閣の眺めは岐阜の町を一望できるほどの眺めです
ここまで来ると、やっと岐阜城が見えてくる
稲葉城はもとは道三の城であった、美濃の国は、これほどの巨城はなかった
道三が新経済政策によって築き上げた財力がそれを可能にして
信長を気に入った道三が、信長にこの国を譲ると遺言した
千成瓢箪発祥の地である場所は、かなりのゴツゴツした石段をあがっていく
この先に天狗岩がある
1567年に信長は、1万の軍勢で稲葉山上に向かった
先鋒隊が木下藤吉郎1000、第一陣2000、信長の本陣が3000
後陣が2000の陣容だったという
夕方には、信長軍は城下に到着して、木下藤吉郎が
これから先に侵入して夜明けとともに、火を放ち門をあける
直前に瓢箪を竹ざおの先につけて振るからそれまでに城門へ
辿りつくようにと言い残し自らは、蜂須賀小六ら7名を従え
夕暮れ時に稲葉城とは山続きの瑞龍寺山から間道伝えに
稲葉山へ向かい、そこで出会った堀尾茂助を道案内に首尾よく
稲葉城に侵入してそして、天狗岩から、潜入成功の合図の瓢箪を振り
合図をして、攻め込むことに成功
その時に論功として信長に馬印を許されて、使用するものに瓢箪を
申し出て、以後城を落とすたびに、ひとつずつ増えていった
稲葉山の城郭を再現するとともに城下町の井ノ口を岐阜と改名して
楽市楽座の継続を認めるなどして、美濃の国の繁栄を図った
また信長は、天下不武の朱印を用い岐阜城が天下統一へ踏み出す
城となった、信長の大志を讃えてここに冠木門を建て偉業を伝える
ロープウェーに乗って山上に登り天下統一へ踏み出すことになった岐阜城に行くには
この天下第一の門をくぐりぬけて向かいます
この天下第一の門は旧三の丸付近に新造された門です
天下という言葉を好んだ信長にちなんでつけられた
この少し先にある上格子門跡では、1600年8月23日
西軍にくみした最後に岐阜城主織田秀信と東軍との間の
激しい銃撃戦が繰り広げれた
岐阜公園の中のロープウェーに乗る手前に
山内一豊・千代婚礼の地モニュメントがたっています
山内一豊といわれたら、信長・秀吉・家康の三英傑に仕え、功績を積み上げたお方です
一豊を成功へ導いた妻千代を讃え建立されたモニュメントです。
この近くに織田信長が岐阜城下に開いた楽市楽座の姿を
再現した楽市楽座というお店があったのに
残念なことに、つぶれてしまったのか、中には何もなく
ここで、お土産を買える場所は、ロープウェーのそばにしかなかったです
それでも小さな茶屋があって、お団子などが食べれます
岐阜城の入り口には、信長の庭と呼ばれる
戦国時代の荒々しさを表現した静かな庭園がある
金華山ロープウェイ乗場付近の約2,100㎡を戦国時代の石組み技法で再現した滝があり
庭園は剛、静、雅、と三つの滝が流れている
この先には、信長が居城していたころの岐阜の様子を再現された
岐阜市歴史博物館がある
訪れたときは、ちょうど、新緑の季節だったので緑豊かな
散策をゆっくり楽しめるような場所でした。
金華山上の天守には金の鯱が輝き山麓には天守を備えた
豪壮な御殿が広がる・・と
16世記に岐阜を訪れた宣教師、フロイスは岐阜城の壮大さを証言している
岐阜城にいくには、11もの登山コースがあるという
住時の大手道は南麓の七曲がり口から登るつづら折の七曲道だった
今では、ロープウェーでいける
ホテルのサービスのバイキングで朝御飯
パンの種類がここはわりとあります
ブドウパンにペストリー
小さいおにぎりもあるので梅とアサリの佃煮のおにぎりを食べた
それとカップに用意されてたサラダと
ホタテ風味のお味噌汁で和洋朝御飯
お皿もカップもすべて紙の使い捨てです
ちょっと味気ない気もするけどこれはサービスだからね
ここは朝以外でもコーヒーが無料で飲めます。
今日はこれから朝一番に岐阜城へ行く予定
人があまり来ないうちに早めに出発して
信長と道三のゆかりの場所を回ります。
今日は雨はどうかなぁ
2日間とも途中雨ふられましたからね。
ホテルに戻ってきました
岐阜の駅のその前なので駅が見えます
携帯の充電器も無料で借りれのでこれで一安心
明日は岐阜城に上ります
3日間全部山登りですわぁ明日はきっと足が筋肉痛だと思います
でも今日は犬山城見学といい蘭丸のゆかりの土地といい
いやぁー良かったです!
一日歩き回り昼御飯も食べてないので夜は焙り焼きの居酒屋みたいなところに
本鮪とトロカマの赤ワイン煮と冷やしトマト
ホタテのバター焼き
いろいろきのこホイル焼きめちゃめちゃ美味しいです水曜はお店が休みのところが多くて
ご飯食べるとこ探すのに大変でした
実は、携帯の充電器ホテルに置き忘れてきちゃって
もうお馬鹿です!
取りあえず今日のホテルで充電器レンタルしました
あとコンビニで間に合わせで買いました。
まったくアホですわぁ
犬山城は、入ってすぐに石垣が中から見えるのです
狭くて段差の高い階段をあがっていくのですが
これは敵が侵入したときにかけあがってこれないようにわざと急な階段に
なっていると前に聞いたことがあります
武者走りと言われる廊下は黒光りしていて滑る気がするくらい
よく見ると木の隙間から下が見えるのです
小さな穴があいているところがあって思わず
これって忍者みたいに下を覗けるじゃない!って
覗いてみると小さな穴からなんと下に展示している
甲冑がよく見えるではないですか!
そんなことをするとくせ者って下から
槍で突かれますわい!!
なーんて当時の戦国時代に浸りました。
思ったより天守は広いわけじゃないですね
武者隠や籠城の間もあったりして、ちょっと興奮しましたよ
犬山城は平成16年から個人の所有から財団法人になったそうです
高さ19メートルの城の見晴らしはきれいです
木曽川と橋が裏からは見えます
でも高すぎて天守閣から外が怖くて
のぞけないー!びびりながら風景撮りました
デジカメでとった景色の方はもっときれいです
石落とし窓とかもありお城内部探検気分味わいましたそれにしても階段が高く急で怖いよ
小学校を改装して建てられたという博物館
とてもレトロな感じの古びた床だけど
蘭丸関係のものや森家のものがあり
とてもみがいのあるところでよかったですよ
紋入り矢立や矢筒もあり金山城からの出土品もありました
信長の葬儀の大徳寺焼香の図とかもあった。
とても古い階段の作りを地下に降りていくと
昔の時代のレトロなものも展示されていて
タバコのパッケージやお札なお金とかも
かなり昔のものがみれます
蘭丸のモナカを買った和菓子やさんに再び
お土産を買ったら、おばちゃんが疲れたでしょと
出来立ての柏餅とお茶をご馳走してくれたの
なんて優しい人だぁー
おまけにいろいろ話してくれて
旅の温かさに再び触れ京都の光秀まんじゅうの
おばちゃんを思いだしましたよ
おまけに海老風味の海老ピーみたいのも
食べさせてくれました
ありがとうございます!
ここで蘭丸関係の出版物森蘭丸考を購入しました
途中で紫陽花がいっぱい咲く水の流れているところをへて
やっと下山です
紫陽花の時期は此処はきれいだろうなぁ
途中デジカメでも風景をとってあるので
それは帰宅してから編集します
あと歴史の史跡もね
これまたころげ落ちそうな山道だよ
勢いついたら止まらなくなりそうで怖いよ
後ろから娘が落ちてきたら二人とも山の崖に転がるー足がすでにカクカクして膝が笑うとはこのことです
っていうかこの先道どうなってるの!
ここの犬山城下町マップをみると
和ショップや桜グッズ福袋を置いてるお店があるみたい
これちょっと素敵です
犬山は名物げんこつあめだって、きなこのあめだよ
100年を経た町屋の珈琲ふうっていうお店も
気になるねぇ
犬山城は日本最古の天守閣で信長の叔父信康により
建てられた古城でここからは美濃の山々や木曽川が一望できるそうです
おそばやさんで頂いたパンフに御嵩というところがあって
かつてその土地にいた隠れキリシタンの信者をしのび建てられたマリア像があるのです
数々のキリシタン遺物は御嵩館に展示されているそうな
みたかったけど凄い山奥でかつての中山道と言われたほうみたい
明日は、兼山歴史民族資料館と金山城跡に行く予定
可成寺あたり一帯は山です木曽川のライン下りにダムをはさみ
飛弾川が流れているふちですな
時間があるば犬山城なんぞも拝見したいかな
鳩吹山付近にはカタクリ群生地があるのですね
今地図とにらめっこしてます。
エレベーターを降りてお買いものいってきた
こういうビジネスホテルにはつきものの
オツマミ系とお酒があるはずだけど
なぁーんだいい自販機がないじょ。
でもヌードル発見!
その名もたそがれのこがし醤油ホットヌードル
静かな物音ひとつしないような部屋で
それこそたそがれ〜!
なんかお湯沸かすポットもまさにひとりヌードル用的な量
これいいねぇーおっとお湯が沸いたので
作りますか・・まぁこんな旅もいいっしょ
お酒はビールしかないの
ビールのめないんだよね
なのでおとなしくジュースで今宵夜はふけていきます隣に見えるは娘持参のマックパソコン
なんとか更新出来てるみたいね
部屋は9階で一番上です
窓を開けてみたら手すりもなくて
ちょっと高所恐怖症の私はびびりました・・
こ・怖いー!
昨日は遅番で深夜帰宅の娘は寝ないで
旅に来たのでホテルに着いて爆睡したまま
夜になってもおきましぇん疲れてて可哀想だから今日はそのまま寝せておこう
それにしても静かすぎるくらい静か
お腹がちょっと空いたな
此処はバーもあるとかいって
実は今はなかったよ・・ガックシ
周辺にご飯を食べに行かないとないので
娘はそのまま寝てるし、ちょっと自販機でも見てこよう
海老天がタッブリ入ってる純粋なそばの実だけをひいている
色白そばで、細いおそばです。
とりあえずここで休憩しながらこの先のプランを考えたら
この明智の駅の電車は一時間に二本しかなくて
バスは一日数本しか出てません。
これでは、明日の兼山にはどうやら移動するのが大変そう。
平日のせいか静かすぎるくらい人がいないです。
町そのものが寂れてるみたいな感じです。
おまけに雨降ってきたの
あぁーやっぱり雨女かな・・
明日も明後日も天気がいまいちみたいです
今日はこれでホテルに戻ります
明智城跡のある明智町は戦国時代には織田氏と武田氏の抗争の舞台となった
江戸時代に明知城は廃城となったが、中馬街道脇道の宿場町として発展
曲輪はもっとも見張・守備に適していたのでここからの見晴らしもよい
明智城址の景観守を守ろうとする土地の皆の力で、今は遊歩道になってたり
途中、休憩場が設けられていたり周辺は整備されて明るい感じになっています
城址碑からは眺めもいいので、戦の時には、敵の動きがよく山城から見えたであろう
地形的に木曽川と小高い山々に囲まれた盆地で自然の要塞だったため
経済上の重要拠点だっただけではなく、美濃領主にとっては
尾張軍の進入を防ぐ非常に重要な軍事拠点の一つだったそうである
明智城本丸の跡地に到着
ここ眺める景色は綺麗です1342年から25年の間お城があったところです
天守閣などの派手なお城ではなく土塁や逆茂木を廻らした中
典型的な山塞だったところです
今季節木の葉が綺麗です
明智城本丸の跡地に到着
ここから眺める景色は綺麗です1342年から25年の間お城があったところです
天守閣などの派手なお城ではなく土塁や逆茂木を廻らした中
典型的な山塞だったといいます
今の季節木の葉が綺麗です
山城といえども、平坦な感じの土地になっているので
上まで上がってくると、周囲が見渡せる風景の眺めがいい場所です
全体に、木漏れ日が入る明るい場所でした
原型のまま残されているのは日本でも数少ない山城として県の指定文化財となっている
今も整備が行われているのか職人の人たちが作業中でした
早くも息切れしてきたよ
昔の人はこんなところを戦のたびに
あがっていったのね
ここは桔梗坂っていうのですよ。
桜の花びらが散ってます
わきには竹やぶが・・
敵が潜んでて弓矢やら槍で突かれて討ち死にしたひとも
多かったに違いない。
大手門を抜けると静かな雑木林で坂道をのぼっていくと
山の参道のあちこちに野の花が咲いてて きれいです
本丸にたどり着くまでに桔梗坂っていうのがあります
桜の花びらが散って山道がきれいでした
わきには竹やぶが・・
可児市は明智の生誕の地である
1345年美濃源氏、土岐下野守頼兼から名字を明智と改め
明智城を築城した
以来215年間ここに山城を構えていたが1565年道三と義龍の争いに
巻き込まれて義龍に攻められて落城
「天竜寺」明智家菩提寺伝えられる。
長存寺明窓玄智禅定門位と書かれた、日本一といわれる高さ184センチほどの
大きな光秀の位牌が 奉られていました
そこから少し歩くととても静かな場所にひっそりと 明智一族のお墓が立ってました
新可児に着いてホテルに荷物を預けて
明智駅に着きました
凄い小さな駅で切符も手渡しです
駅員さんに聞いたらどうやらかなり目的地までありそう
バスも一時間に一本しかないですわぁ。
明智モナカとか売っているお店があります
これからタクシー天龍寺にいく予定
でもタクシーのおじさんも知らなかったです。
マニアックな旅じゃの〜
ホテルに向かうのに犬山で乗換えたら
新可児に行くのにまた戻ってしまったよ
新可児方面は4番線ってなってたのに、なんじゃこれ時間で行き先が途中変わるのね
これ切り離し電車だってさ再び犬山に戻りましたよ
おかげで電車から犬山城が見えたよ。
のどかなところです
電車が真っ赤で可愛い。
発車するたびにチンチンで鳴らすんだよ。
普段何気なくお参りしている神社も
上を見上げてみると面白い発見が・・・
ここはかなり古くからある
真言宗豊山派のお寺で「御滝山金蔵寺」という
創立は、1423年で今の本堂は1853年に再建
能勝阿闍梨が不動尊を発見したことにより、以来
御瀧山金蔵寺は、所願成就の御祈願所となったそうです
一番古い本堂は、このように十二支のような絵が描かれています
ここで気になるのが、仁王様にはさまれた門の通り口の
天井にあるこの格天井の絵です
この土地に住んで、かなり長いのだけど
こういうものに興味を持ってから、はじめて見上げたものですから
今頃になってこんな素晴らしい絵が描かれていることを
知ったわけです。
いろいろ調べてみても、これが何を描かれているのかわからず
格天井の絵には、龍や、花などが描かれることが多く
このようなものが描かれるのは、あまりないのか
調べてもよくわからなかった。
見上げると、柔和な顔をした、観音様のような、天女のような
羽衣をまとったようないろいろ描かれているの
楽しかった旅もこれでおしまいです
再び京都駅に戻ってきました。
今日もいっぱい歩いた
でも今日の旅は人の温かさに触れた
素敵な一日になりました
気さくでいい人ばかりに巡り会いました。
戦国時代の史跡もたくさんまわることができ
貴重なものも見れて満足できる
歴史旅になりました
いつかまた京都訪れたいですね。
古墳のように高く盛り上げたところに建つ
石碑はなんぞや?と思ったら
耳塚です!秀吉が朝鮮出兵の時に
首の代わりに塩つけにして持ち帰ったという
あの耳や鼻がここに、あるんですよ
別名、鼻塚です。
すぐ隣に耳塚公園とかあってその命名はどうかと。
ここには、ひょうたんの形をした絵馬があり
太閤記の役者さんたちの絵馬がありました。
宝物庫は、奥の方に古い蔵のように建っていて
秀吉の遺品などと一緒に
なんと!秀吉の奥歯までがありましたよ
預けた歯に添えた直筆の文書まてありました
ここは養源院の中の屋敷内に
伏見城での守備をしてた鳥居元忠以下家臣たちが
自刀したときの板間がそのまま使われており
俗に血天井と呼ばれて
その天井に残る生なましさは凄まじいものがある
天井に人の形そのままが残っているし
手の跡までもがー
忍避けの廊下といい歴史を物語る
古めかさは、何かもの悲しいものを
感じます
拝見はかなり衝撃的でした
ひっそりとしたお寺の門をくぐり
山門を潜り庫裡・玄関までの長い参道は、木々がきれいな
ところですが、この先の血天井と呼ばれる場所に
向かうと思うと、足がすくむ思いです・・・。
本当に古めかしいお寺なんですよ・・
豊臣秀吉没後、その菩提を弔うために
秀吉夫人の北政所が慶長11年(1606)開創した寺
高台寺の中を拝観すると、中は見事な庭園の中を歩きながら
霊屋には、秀吉とねねの木像が安置されており
厨子や須弥檀には蒔絵が施されて、桃山時代の
漆工芸美術の代表的作品といわれるものはとても立派なつくりです
高台寺の掌美術館のすぐそばの「羽柴」へ寄りお昼
腹が減っては戦はできぬとばかりに『秀吉の陣中弁当』なるものも
あり、こちらは予約のみです。
なので、ねねのはんなり御膳を頂きました
お店の中もとても落ち着いた雰囲気で、天井を見上げると
ちょっとユニークな絵柄が、描かれています
ねねの道の途中にある高台寺のそばで 京・洛市ねねというお店づ昼食 誕生日だから奮発しちゃおう ゆばをたっぷり使ったねねをイメージして作られた はんなりした風情あふれる京料理 トロリとしたゆばあんかけ御飯って 初めて食べました これまた今回も美味しかったです ご馳走さまです...
「東梅宮 明智光秀墳」と刻まれた石碑が建っていて
奥に、光秀の木像と位牌を祀った小祠が建てられているのですが
見せて頂いた、当時の古い祠とは違い頑丈に鍵をかけられ守られています
お賽銭もあげれるようになっており、脇には明智の家紋の
桔梗の花が飾られていました
餅虎のおばさんにお茶とお饅頭を頂きながら
光秀の首塚の話とお店の話をいろいろ聞かせて頂きました
このように、首塚を代々大切に守られて管理をなされていて
貴重な、昔の写真や資料を見せていただき
色あせた当時の古い写真に歴史を感じます
先祖代々の方が光秀の首塚を大事に守って下さっていることにとても感謝です
とても、気さくな素敵なおばさんでした。
遠くから、訪れた私たちを暖かく迎えてくれてありがとうございます
明智の首塚を拝見してたらおばちゃんの出来たよーの声が
熱いお茶も用意したよーって
こんな風に光秀まんじゅうを出してくれたの
もうすごく感激よ!
おばちゃんいろいろ古い文書を
見せてくれたり、代々から守られてきた
明智の首塚の話しをしてくれて
嬉しかった!
光秀まんじゅうは、温かくしてほっこりあんこたっぷり
おいしかった!
凄いいいタイミングでしたおばちゃんいい人やぁー
思わず涙ぐみそうになるよありがとう!おばちゃんとお礼して光秀さまにも、お参りしてまた出発
光秀の塚の看板
織田信長を急襲した明智光秀はそのすぐ後の山崎の戦いで
羽柴秀吉に破れ、近江の坂本城に逃れる途中小栗栖の竹薮で
土民に襲われて自刃最後を遂げたという
家来が光秀の首を落とし知恩院の近くまできたが
夜が明けたために、この地に首を埋めたという
三条大橋です
景色がいいね
さっき数珠屋さんを朝一番のお客で言ったら
おじさんと気があっちゃって
凄く楽しい話いっぱいしちゃった!
行って良かったよ
楽しいおじさんでした!
またお話したいですわ
建勲神社で買った信長の天下布武の夢に
あやかった夢守りのお守りです。
あなたの夢が叶えられますように
って書かれます
大きさも普通のお守りより小さめのものです。
今日は、数珠屋さんに寄って行きます。
それから、ねねの高台寺に行って
明智の首塚に行ってお饅頭食べて
国立博物館に行って参ります。
最高の誕生日の過ごしかたです!
ではではまた旅行記写メールで更新しますね。
今日が京都旅行最終日です
おはようございます
朝から豪華な御飯です
ゆば豆腐に温泉たまごにがんもと昆布の煮付け
お漬物に昆布の山椒佃煮
おふとわかめのお味噌汁
焼き海苔
昨日の食事といい凄い料理あっシャケもありました
これがまた朝御飯美味しい今回食事もハズレなしです
これが宝物館の資料です
香炉の三足蛙は本能寺の変の前夜
信長公に危険を知らせるかのごとく
突然鳴き出したというそうです
このようなものや本能寺から持ち出された
焼けた茶器は、その燃えかたのすさまじさを物語っていました。
天ぷらも里芋の天ぷらや
南蛮とうがらしかな?
あと竹の天ぷらなど変わった種類のものを
抹茶塩で頂きます
御飯は、混ぜごはんに赤だしのお味噌汁
それに貝類と葱のヌタ
これに黒毛牛と京野菜のシャブシャブ
デザートは洋梨と巨峰の赤ワイン煮です
食事はデジカメで撮っておいたので、帰宅してから
デジカメで撮った旅の写真と一緒に
編集しますね
数珠屋さんは、旅館の人に聞いたら
どうやらこの旅館の近くみたい
明智まんじゅうのお店といい聞いたらいろいろ調べてくれて
非常に優しいお方たちで本当今回は
いい人ばかりにあたります京都の人は、しゃべり方も癒されます
夕飯は、京野菜をふんだんに使った 懐石料理です 鯛のカルパッチョにカブラ蒸しなど 野菜がモミジ型にきざまれてたり 盛り付けがお洒落です 味も京都らしく味は薄めだけど しっかりダシがきいてて美味しいのです 次から次に料理が運ばれてくるので 温かいものは、熱々のまま食べれます...
浴衣がいくつかの中選べるようになってます
せっかくだから着ましょうかね。
部屋は純和風です
コンクリートの外壁に瓦屋根という
ちょっと変わった老舗の旅館って感じで
造りは以外と古いですね
とりあえず一休み。
一日歩きまわり建勲神社を最後に
今日の旅は終了
帰りはさすがにタクシー拾って旅館まで帰宅です
雨がざぁざぁ降ってきたのでタクシー乗れて良かったとてもいい運転手さんで途中から運賃ストップして
旅館前まで乗せてくれたの旅館こうろさんでお茶
シソと梅と抹茶をブレンドしたお茶です
これお茶漬けにしたら美味しいかも
信長公の霊を船岡山に慰めるべく正親町天皇より「天正寺」寺号を授かるも
寺の竣工は中途におわり秀吉も薨去
その後ち、しばらくたったあと明治天皇によって信長公の偉勲に対して
作られたのが、この建勲神社が建立されたそうです
戦陣の前に、舞われたという信長公の敦盛
信長を崇拝してやまないお方に、神社のこまいぬと共に
奉納されたようです
ここは・・信長公を愛する人のために建立された神社のような
そんな気がしてきました
さらなる階段・・
ここは、本当にすごい山の上の方に建っているのね
総面積2万5千坪っていうくらいだからその広さも相当なもの
森に埋もれたように建っています
もみじの木やいろんな樹種が多く京都市内でも
数少ない森とされているそうです
ちょっと前後しちゃうけど建勲神社に行くまでに凄く見張らしの
いい場所があってまさに山のパノラマ
これを夜に見たら町並みの夜景が
きれいなんだろうね
この近くに大文字山が見えましたよ
ポンポン山はどこなんだろうね
やっと建て札があったと思ったら、どうやら、そこをあがっていくのではなく
この道をさらに、歩いていくらしいです。
どちらかもいけるらしいけど、ならば、まだ楽なこの道を・・
気に囲まれた道が癒されますよ・・
建勲神社を目指して、上に上にと山道をあがっていくと
とっても見晴らしのいい風景に出会えます
ここは、夜のライトアップされたときに、非常にきれいでしょうね
ちょっとここを訪れたのが、夕方なので
天気も雨の降る前で、雲がどんよりしています
秀吉によって建てられた大徳寺・総見院に
総見院というのは信長の戒名(総見院殿贈大相国一品泰厳大居士)の一部
総見院も特別公開時でないと見ることができないのに
それが今の時期だったのに、なにやら千里会とやらお茶の会が
大々的に行われていて、たまたま入れず、すごくがっかり!
この先から行けませんでした・・・。
どうやら大きな台座に、信長一族の七人の立派な墓が立ち並ぶというが
拝見することができませんでした
やっとこさご飯です 峠茶屋みたいな、懐かしい感じのお店です 茶屋定食のかやくごはんに茶碗蒸しです プルンプルンで、ダシのきいた茶碗蒸しが すんごい美味しいの 中にジャガイモが入っていたんだよ 娘は、にゅうめんのセットこれまたお汁が美味しかったって これで580円安いでしょ 麦茶もついて癒されます お...
本堂には織田信長公、信忠公等の木像が安置され
墓地には信長公、信忠公、蘭丸三兄弟、討死衆の墓がある。
「織田信長公本廟」と石柱はあるけれど境内は
訪れる人も少ない静かな環境です。
残念ながら本堂の方には入れません
駅からもかなり遠くここを見つけるのに意外と時間かかりました。
ここは宝物庫、信長の鎧をイメージして
つくられたものです
館内には、蘭丸の素晴らしい刀もあって
その長さと刃のするどさにこれが蘭丸の持ってた刀なんだと思うと
なん百年も前のことなのに本人のものだと思うと、本能寺の壮絶な死を思い
涙が溢れてきた
なんでだろうね
そのくらいここにある数々の展示ものは
訴えかけてくるような不思議な力があります
信長とともに、散った数々の多くの戦陣者たち
最後まで、信長とともに勇敢に戦った蘭丸や力丸、坊丸などの
若き小姓たちの名前を見ると、これが実際に起きた
歴史の出来事であるということが・・いやでも実感してしまう
にぎやかな商店街の中の一角にある本能寺です
ここが見たいために、今回の京都行きが実行されたようなもの
以外にも、こんな商店街の一角に建っていると思いもしませんでした
それでも境内の中は、しっとりとした落ち着いた空間なのです
商店街のにぎやかさとは、うって変わって
静寂さが漂います
南蛮寺の跡はまったく見落としてしまうような
場所にあって自転車やバイクに埋もれ
ひっそり立ってましたよ
写真を撮ってたらそこの会社の人が
祗園祭の時に来るとこのへんが綺麗に
飾られて綺麗な町並みになるそうてすよ
街中のところに立っているのですが
ここにある小学校の四隅にもここらへん本能寺跡と・・
ここら辺・・って書かれているあたりが可笑しかったり。
でもその一角をみると、南蛮寺との距離感をつい気にしてしまう
小説で言われる、抜け道が本当にあったのでしょうか・・・
クリックすると写真で文字が読めるますが
ちょっともやけた感じでわかりにくいかもしれません。
ここは六角堂の中にある一角で
なにやらお地蔵さん?がたくさん並んでます
上から水が流れているんですよ
ここのお寺は正式には頂法寺という聖徳太子が建立した寺院
六角形のお堂を建てて護持仏を安置したのがこのお寺
観音様や、なにやらちょっといろんな石像が建ってまして
わりと寺の内部はにぎやかな装飾です。
部屋のデスクの引き出しにこんなの入ってたよ
新約聖書に仏教聖典だって中身を見ると、
英文と日本語で書かれてるの
ちょっと読んでみたら、ほぉーって感じ
ここには外国の方も宿泊してるからね
フロントの人英語ぺらぺらでしたよ
夜中なのに二人で林檎酒飲んで
ナッツなんか食べてます
さっき娘のパソコンで見たら
ちゃんとモバイルアップ出来てたね
明日もアップするからね
京都の駅前のビジネスホテルです
部屋は急遽キャンセルがあったのでツインでいかかでしょうか?
といわれ変更・・料金まし
でも、いくらなんでも、ダブルではねぇ・・・
寝てて蹴飛ばされそうですので
きれいでしょ、これでビジネスホテル
グリーンを基調にしたデザインは落ち着きます。
いやぁまいった!
地元から東京行き快速がなかなかこなくて
久里浜行きで行ったら東京駅で
着いたのが以前と違ってて新幹線改札口まで
ぐるぐる歩いてしまったよいつもならもっと近いはずなので
慌ててしまったよー
娘と合流していよいよ新幹線乗るよ
いよいよ今日から京都の旅に行ってきます
新幹線、のぞみ夜の8時13分発です
京都に着くのは夜の10時33分
乗り遅れないようにしないとなっ・・・
新幹線は、なかなか快適なので、ゆっくり本でも読みながら行きます
約2時間ちょいあれば、結構読めるよね。
携帯で写メ撮れたら、この後も旅の途中アップしていきます
デジカメで撮った写真は、帰宅後、あとで編集する予定です。
今回田舎に皆で帰れてよかったと思いました
何より、おばあちゃんや、お姉さんが喜んでくれたこと・・
会って、安心させてあげられた事が行ってよかったなぁ・・
ってしみじみ思いました。
目が不自由になって3年、今では耳もかなり遠くなりました
でも、素晴らしいのは、そんな思いをしても
おばあちゃん自身が、とてもポジティブな考えをしていること
目が見えない分、人の心がよーくわかるようになったっていうのね
いろいろ語ってくれたのだけど、おばあちゃんって
なんて強い人なんだろう・・って思ったの
マイナスをプラスに変えてしまう発想を持っている
苦境に立たされれば、それをバネに、また頑張ろうと
できる人なんですよね
今93歳なんだけど、ここまで来たからまだまだ
頑張って生きてみようってね・・・
話を今回聞いて、すごくいい言葉を頂きました。
田舎の日帰り旅、いよいよ、最後の観光は袋田の滝です
ここは、観光地としてもかなり知られていると思います。
大岸壁を四段に流れることから、別名「四度の滝」とも呼ばれ
冬になり滝が凍ると、アイスクラインミングができる滝
「花紅葉 よこたてにして 山姫の 錦織りなす 袋田の滝」 西行法師
季節それぞれの美しさがあるんですよね
夜に訪れると、ライトアップもされてきれいだそうですよ。
皆で靴を脱いで、Gパンの裾をめくって
川に入り涼んできました
この先に夢想の滝があって、そこから流れてくる
清流の水は、凄くきれいで、とても冷たいの
これがまた気持ちいいのですよ
子供が小さい頃、滝が流れる川に川遊びに行ったこと
思い出しました
大子には、書道のすずりに使う石が取れるところがあるんですよ
それを探しながら、子供たちは川遊びでした
山の中にある川は、木陰になっていて涼しくて水も
足がしびれるくらいに冷たいのです
奥にある夢想の滝は無念無想の境地から夢をかなえるという意味で「夢想の滝」
というらしいですよ
なんか素敵なネーミングです
ここは福島の名水30に選ばれているようなきれいな水です
八溝山っていう山のふもとを降りていくとそこにも、美味しいお水がわいているんですよね
この矢祭の地名は、1051年に源義家が奥州12年戦争の途中
ここの美景を賞賛し、背負っていた弓矢を岩窟に納めて戦勝報告の祭りを開いて
武運の長久を祈ったことからこの名が付いたとされています。
『見る人になにを語らんみちのくの矢祭山の秋の夕暮れ』・・光圀さま
がそう言葉を残しているけど
残念なことに、夕暮れときにここを訪れたことがないのです
秋は、秋で紅葉がとてもきれいだから、こんな橋のそばで夕日が見れたら
最高かも・・・。
真っ赤な長いあゆつりの橋を渡っていくと
木に囲まれた岩の谷間を歩いていく、とても静かな涼しげな場所へと
入っていき、上を見上げると木の隙間から木漏れ日がこぼれて
とてもいい場所なんです
途中に他にもお地蔵や、道祖神といわれる石像がひっそりと置かれています
道祖神の双体像としては一番多い握手像なのかな
仲良く寄り添うように並んでいますよね
ここは、おりこうさん地蔵っていって頭をなでると
おりこうさんになるという、学業のお地蔵さんみたいなものも奉ってあったの
皆に頭を触られて、頭がつるつるになっているんですよね
それに合格さんっていうお地蔵さんも立ってます。
ここの駅に走る電車の路線が、まるでスタンドバイミーの出発みたい
確かここの電車って確か2両くらいしかなかったような
昔そういえば、大子の袋田の駅を何かの記念で
SLの機関車が走ったんですよね
天気がよくなったので、茨城を超えて福島に入ると
矢祭山駅っていうところに着きます
ここに、春はつつじが咲き乱れるきれいな自然公園があって
その中には西行法師・水戸光圀・阪正臣・本居豊頴の歌碑があり
5万本はあるという、つつじが咲く季節は見事ですよ
江戸時代の初めの頃、袋田の滝周辺の村で水戸徳川家が大軍を派遣して
やっと鎮圧できたっていうほどの大規模な一揆があったそうですね
それが生瀬一揆らしい
西暦1607年の秋10月に生瀬村でおきたそうだ
生瀬村の農民が推定500人も殺害されたといわれる大事件だったらしい
近世の百姓一揆の中でこの生瀬騒動ほど残酷な処分を受けた例は他に見ないほどの
残酷な仕打ちだったらしい
そんな悲惨な歴史があったなんて、今までまったく知らなくて
たまたま茨城の田舎の歴史をネットで調べてたら見つけたの
この事件の事は山川菊栄著「覚書幕末の水戸藩」に書いてあるそうです。
昔は、神社とかお寺とか、お墓ってあまり好きな場所では
なかったんですよね
おきつねさまとか・・地蔵とか・・ちょっと怖いイメージがあってね
ところが戦国にはまってから、細かく見るのが
面白くなってきた
お寺でも、隅々作りとかも見てしまいます
見れば見るほど、その建築は美しいなぁ・・って思ってしまうの
苔の生えた橋を渡って山道を登って行くと
上に久慈七福神めぐり のひとつの立派な永源寺というお寺がある
このお寺は5百何十年って続く古くから代々ご先祖様の代から
受け継がれた、古い歴史を持つお寺のようです
はじめは、別の土地にあったお寺を、ここに移したそうです
一度火事で焼けてしまったものを、再び再建したらしい
こんなかわいい石像も・・
でももし、幼くして亡くなったお墓に、こんな可愛い石像が
お地蔵さんのかわりに立てられたら、和むかも・・・。
今ではお墓の形も好きなように、立てれるんですよね。
いろんな形のお墓があったら、お墓も怖くないかも・・・。
それに、一目見て、あっこれは我が家のお墓かもってわかるかも
こんなアニメのキャラクターが石像になっているなんて
子供が喜びそうです
ここのお寺を継いでいる住職さんに、なかなか子供が出来なくて
やっと男の子と女の子の双子が生まれたそうです
それはもう、大変な可愛がりようらしいです
だから、きっとお子さんの事も思って
お寺の境内の中にこんな可愛い石像もおいているのかな??
家の下の道を降りていくと、そこは崖になってて
下を久慈川が流れています
子供が小さい頃は、ここで川遊びして魚釣りもして遊んだの
でこぼことした自然に出来た遊歩道を下に下りていくと
山の上から清水が流れてきていて、小さな沢があるの
雨が降ってたから、傘をさしながらの散歩だけど
雨のおかげで、カエルが山道を、ぴょんぴょん!飛び回ってたの
あっちからこっちから・・ってカエルが飛び出してくるの
アマカエルいないかなぁって皆で言ってたら
いました!いました!まだ子供の小さなアマカエル
めちゃかわいい~!!!!
娘の手のひらに乗せて、逃げないように、記念にパチリ
サワガニが今でも健在でした
小さい頃、ここに来ると、涼しくて、夏の涼み場でもあった
そうして石をどかしながらカニ探しをしてましたっけ
今でも、ついあの頃に戻って子供たちも
カニがいた!!カエルがいた!!と大興奮
大きいのから子供カニまで
こちらは息子の手のひらにのせてパチリ
懐かしさでいっぱいでした。
ただ・・変わってたしまったのは、山の上にあるおばあちゃんの家のまわり
山の上の家は4軒だけなのにそのうち2軒は
すでに住む人を亡くし空き家になってた。
以前の顔見知りの田んぼでお世話になった方ももういない・・・
家に降りていく細いあぜ道は、ここを小さいころは
子供たちが、よく勢いつけて駆け下りたものでした
下を見下ろせば、川が流れてて、町が見渡せます。
とっても眺めのいいところ。
おばぁちゃんちに到着
上は田んぼがあったところで、ここのわきに車を置いて
田んぼのわき道を通って、降りていきます
今ではすっかり田んぼもやめてしまって草が生えまくってたけど
10年以上も前は、家族総出で、田んぼの稲刈りに、来たものです。
すべて手狩りの作業で、大変だったけど、あの頃は楽しかった。
いろんなハプニングもあって、あれこれ大爆笑ものの思い出があるの。
この空の下で、休憩時間にお茶をするのが美味しかったなぁ。
まわりの景色は今でも何も変わらなかった・・・
8月17日田舎の茨城大子に行ってきました。
まずは、朝の4時から出発
あいにくの雨、それもどしゃぶり・・・誰だぁ~雨女は・・えっ?!
うちら母娘ですか??(出かけるときはいつも雨)
天気も雨模様なので、まだまだ4時といえども真っ暗の中を出発
ごらんのとおり明るくなっても霧も出ててどんより空です
左右に仁王様が飾られている
中門に上を見上げてみるとこんな感じの絵が・・・
それぞれ違う絵が描かれています
絵入りの格天井に描かれているのは、やさしいお顔をした
観音様か・・・天女のような・・・
近くの神社に隣接する公園に鹿がいます
もう鹿はいなくなってしまったと思っていたら
まだいたんですね・・・柵の向こう側から
えさをくれると思ったのか寄ってきました
柵の向こう側の傾斜を下っていくと
広い森林が広がっていてその中にのびのびと暮らしています
こないだ見かけた時は5匹くらいいたかな?
今日は3匹だけ見ました
後姿の白い毛が可愛いです